2013年02月25日

福岡地裁医療関係訴訟運営改善協議会


 2月15日、福岡地裁で第12回医療関係訴訟運営改善協議会が開催されました。

 これは、医療過誤事件に関わる裁判官(医療集中部)、弁護士(患者側・医療側双方)が、医療関係者とともに、医療過誤に関するさまざまな問題を議論するという協議会です。

 長期間にわたりがちな医療過誤訴訟を迅速に解決する方策として、各地裁に医療集中部が設置されるようになったのは2001年からのことです。まずは東京、大阪の2地裁に医療集中部が設置され、福岡地裁にも2003年4月に設置されました。また、2003年には、民事訴訟法が改正され、専門委員制度が創設されています。

 医療関係訴訟運営改善協議会は、このような情況に対応するために始まったものです。

 全国的に同趣旨の協議会が開催されているようですが、患者側弁護士の間には、このような協議会が、専門委員制度や鑑定のありかたを議論していた当初の趣旨から外れて、医療側が、医療現場での苦労や安全対策をアピールする場になっているという問題点も指摘されています。また、医療過誤訴訟の当事者になり得る(多くの場合は既に訴えられている)大学病院から医療関係者を招くのは、被告側と裁判所との馴れ合いを生むのではないか、少なくとも、医療過誤被害者からみれば裁判所の公平を疑わせるものではないか、との疑問も発足当初から指摘されているところではあります。

 そういった難しい問題があることは確かなのですが、わたしとしては、患者側の問題意識や、患者側代理人の取り組みを医療側及び裁判所に伝える機会として、この協議会を活用すべきだと考えています。

 協議会に参加する福岡県下4つの大学病院(九州大学、久留米大学、産業医科大学、福岡大学)は、確かに被告の立場にもなります。しかし、それと同時に、他の医療機関で医療過誤被害に遭った患者が、その後の治療を行うことが多いのもこれらの大学病院であり、その場合、患者側代理人からすれば協力を要請しなければならない相手になります。もちろん、教育機関として、医学生や若手の医師たちに、医療安全や患者の権利を教育するよう働きかける相手でもあります。実際、2009年の協議会では、当時議論が進んでいた医療事故調査委員会制度について説明し、医療関係者の理解を求める(ついでに医療研で企画しているシンポジウムの宣伝をする)という時間をとってもらったこともありました。


 今年のメインテーマは、「生存率等の医療統計資料の評価について」というものであり、医療関係者の立場から、福岡大学病院の山下裕一先生から、医学研究のさまざまなあり方と、それぞれのエビデンスレベルについて一般的なお話をうかがった後、患者側代理人から石田光史弁護士が、医療側代理人から五十川伸弁護士が、医療統計の扱いが問題になった裁判例をそれぞれ一例ずつ報告しました。

 石田弁護士が報告した裁判例は、横浜地裁平成24年1月19日判決で、胸痛を訴えて緊急搬送された患者に、胸部CTを行わず、大動脈解離を発見できないまま死亡に至ったという事案です。裁判所は、急性大動脈解離の発症の有無を鑑別するために胸部CT等の検査を行わなかった過失を認めましたが、緊急手術で救命された後の予後の統計資料に基づき、逸失利益を減額しているようです。

 五十川弁護士が報告した裁判例は、名古屋地裁平成21年12月16日。胆嚢のssがん(壁進達度が漿膜下層に達するがん)の予後が問題になり、原告・被告双方から、これに関する合計11の医学文献が提出されたという事案です。さまざまな予後予測の統計を示すこれらの資料の中から、裁判所は、事案同様に腹腔鏡手術が施行されたことが明らかな症例を対象とし、かつ母数となる症例数が201と最も多い報告を重視すると判示しました。

 横浜地裁の判決に関しては、「解剖の結果をみると、極めて動脈硬化が強くて、実際の予後は判決の認定よりも相当に厳しいのではないか。そもそも判決が過失と認定している時点でCTを撮影したとして、そこで大動脈解離を発見できたかさえも疑問である、その当たりもう少し適切な司法判断を心がけてほしい」との意見が、また名古屋地裁の判決に関しては、「これらの資料の中から、腹腔鏡手術を行った症例に限定し、かつもっとも母数の大きい報告を重視した裁判所の判断は適切だが、もう少し問題点を絞り込めば、この報告よりもかなり悪い予後が予測される」との意見が、医師側から出されました。

 たいへん勉強になる報告であり、議論だったのですが、考えてみると、わたし自身は、医療過誤訴訟の中であまりこういった統計的な資料に関するぎろんをしていないように思います。確かに、予後が問題になる事案はあり、そういった確率的な数字が報告されている証拠は提出するのですが、それ自体が決め手になるといった訴訟はあまり経験していません。

 例えば、胸部X線写真で肺がんを見落としたという裁判をしたことがあります。発見された時には既に脳転移があってW期、それからほぼ1年後に亡くなりました。後で振り返ってみると、脳転移が発見される1年前の胸部X線写真に、肺癌と思しき異常陰影が見られます。このときに胸部CTを撮影していれば、予後は全く違っていたのではないか、という裁判です。過失が問題になる時点の情報はその胸部X線写真が1枚あるだけで、他の検査は何も行われていません。この胸部X線上の陰影からすればTaあるいはTbであり、その前提で予後を認定して下さいというのが患者側の主張であり、あれこれ可能性を並べて、予後はもっと悪いのではないかと主張されても、それを調べてないこと自体が医療側の責任ではありませんか、というほかないのです。

 この協議会で報告された2例は確かに統計の議論が重要だったのかもしれませんが、そういった事案がどれくらいあるだろうか、と正直なところ思いました。

 そもそも、損害賠償訴訟における損害の認定というのは、医療過誤に限らず仮定に仮定を重ねたものであって、自然科学的に厳密に計算できるものではありません。その医療過誤の被害者の情況にぴったりあった医療統計が都合よく存在する場合は少なく、あまり統計的な数字を重視すると、ないものねだりを重ねてかえって訴訟が迷走する危険も感じます。結局のところ、損害認定というのは、損害の公平な分担という観点からの法的評価であって、医学的な統計資料はその材料の一つだという程度の捉え方でいいのではないでしょうか。

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」というのは、最高裁昭和50年10月24日のルンバ−ル事件判決で示された因果関係の考え方ですが、自然科学的な証明と訴訟上の証明の違いは、損害論についても忘れてはならないことだと思います。

(小林洋二)
posted by 管理人 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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