2011年10月19日

「第54回日弁連人権擁護大会プレシンポジウムin福岡 『患者の権利の法制化を目指して』―幸せを支えることのできる医療のあり方を考える―」に参加して

1.はじめに

 2011年9月3日(土)、福岡市東区にあるガスホールにて、第54回日弁連人権擁護大会プレシンポジウムin福岡「患者の権利の法制化を目指して」―幸せを支えることのできる医療のあり方を考える―が行われました。

 実行委員会の委員の一人として、本プレシンポのご報告をさせていただきます。


2.プレシンポの内容

 プレシンポは2部構成で行われました。前半は実行委員会が行った福岡県における医療実態調査報告、後半は、なぜ患者の権利を法制化する必要があるのか等をテーマとするパネルディスカッションが行われ、前半に報告された実態をふまえた議論がなされました。

 パネリストは、薬害肝炎全国原告団代表の山口美智子さん、九州大学名誉教授でハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会座長代理を務められた内田博文教授、福岡県医師会副会長の野田健一医師、そして、実行委員の一人でもあり、患者の権利法をつくる会事務局長の小林洋二弁護士の4人で、白熱した議論をしていただきました。


3.調査報告

 前半の実態調査報告では、救急、周産期、小児、過疎地域、貧困、外国人、被拘禁者という7つの分野ごとに、実行委員会委員が調査した内容を簡単に報告しました。なお、調査は、自治体や医療機関への聴き取り、統計結果の分析などによって行われ、それぞれの分野の詳しい調査結果を1冊の報告書としてまとめ、当日配布しています。

 まず、救急では、三段階の救急医療体制が整備されていること、福岡県の救急搬送における平均搬送所要時間が全国最短で、統計上は高水準であることの報告がなされました。一方で、現場では二次、三次救急医療機関への振り分けの問題や、救急医療機関や医療従事者の不足・偏在といった問題も指摘されており、より充実した救急医療体制の確立に向けた継続的な取り組みの必要性も明らかになりました。

 周産期では、今年度からNICUが増床され母体搬送の不応需がかなり減少するなど、福岡都市圏・北九州都市圏ともに、周産期医療体制が概ね整っていることが明らかになりました。もっとも、開業医の高齢化の問題もあり、新人医師確保のためには、医師が人間らしく働きやすい体制を整える必要があることも指摘されました。

 小児では、チャイルドライフスペシャリストという専門家の配置や院内学級の設置など、子どもである患者のインフォームドコンセントや発達・学習権をサポートする先進的な取り組みが始まっている一方、小児科の需要拡大に対し医師数が不足し、勤務状況がかなり過酷となっていること、医師数の増員が必要不可欠であることが報告されました。

 過疎地域では、無医地区に公立の診療所を設立して自治医大出身の医師を県職員として派遣するという対応でかなりの成果を上げており、他県と比較して福岡県は恵まれた環境にある一方で、自治体の財政悪化で無料送迎バスが廃止され、引継ぎのための医師二人体制が採れないなどの問題もあり、それらの問題の解消は自治体レベルでは困難で、財政的な裏付けを含む国の積極的な関与が必要であるとの報告がなされました。

 私が担当した貧困では、国民健康保険料の滞納によって発行される非正規保険証(短期保険証・資格証明書)の所持者が受診を我慢し、重症化、最悪の場合は死亡する事例が多くなっているという問題が全国的に生じていること、福岡市では、全国の政令都市の中でもトップクラスに保険料が高く、非正規保険証の発行数も多いという危機的状況にあること、保険の種類や保険証の有無にかかわらず、窓口の自己負担が支払えず、受診できない人も数多くいることの報告をさせていただきました。深刻な事態にあることを会場の皆さんにも伝えるべく、聴き取りをさせていただいた千鳥橋病院のメディカルソーシャルワーカーである荒木さんにお越しいただき、「当事者の声」として、実際の事例などについてご報告いただきました。

 外国人では、無保険外国人は原則として全額自己負担となるため、実質的に「国籍」や「経済的負担能力」によって医療を受けることができていないという、貧困分野と重なる問題提起と、福岡ではまだ実施されていない外国人未払い医療費補填事業等の紹介がありました。さらに、医療通訳の問題については、民間の取り組みはあるが、外国人患者の知る権利や自己決定権の実現に必要不可欠であるため、公的な整備が必要であることが指摘され、小児の問題との共通点も見出せました。

 最後に、被拘禁者については、福岡県弁護士会の人権救済申し立てや矯正施設からの聴き取りによって、常勤医師の不足や外部医療機関との提携の不十分さに加え投薬拒否、診察・治療拒否など医療を受ける権利自体が保障されていない現状と、社会的には広く認められてきたインフォームドコンセントやカルテ開示請求権がいまだ認められていないという深刻な問題があることが報告されました。

 これら7分野の実態調査報告により、住んでいる地域や国籍、経済的負担能力の有無などで医療を受ける権利自体が脅かされている実態があること、すべての人に等しく安全な医療を提供するためには、医師数の増員や医師の勤務体系の改善など医療機関の疲弊を改善する対策が必要であること、子どもや外国人など自己決定をするための適切なサポートが必要な人にとって、サポートが十分でない現状があることが明らかになりました。


4.パネルディスカッション

 後半のパネルディスカッションでは、まず、それぞれのパネリストが患者の権利の法制化についての考えを述べるところから始まりました。

 薬害肝炎訴訟の原告として、恒久対策や真相究明・再発防止の取り組みをされてきた山口さんが、自らの「患者」としての経験から、積極的に医療に参加していくことの大切さと、それを可能にする体制の必要性について語られました。

 そして、内田教授からは、ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会の「医療基本法の法制化の提言」についてのご説明がありました。日本では、患者の権利や医療の基本原則に関する規定が、施設法にすぎない医療法などに無理に挿入されているためか、いろんな場面で矛盾が生じており、自主的な倫理規定だけでは解決できない問題が多くあることから、医療基本法の法制化が必要であること、新たな医療基本法の法制化によって、患者と医療従事者との相互不信を相互信頼の関係に変えることが喫緊の課題であることを語っていただきました。

 これに対し、野田医師から、医師は自ら職業倫理について考え、よりよい医療を目指して日々実践しており、あえて患者の権利を法制化する必要はないのではないか、過酷な勤務態勢で頑張っている医師に対し、更なる負担を課すことになるのではないか、モンスターペイシェントを多く生み出すのではないか等の懸念があるというお話しがありました。

 それを受けて、小林弁護士が、患者の権利を法制化において、医療提供者は患者と対立するものではなく、患者が国・地方公共団体に対して基本的人権としての患者の権利を求めていくのを、患者の権利を実現するためのサポーターとして支え、患者と一緒になって国に対して患者の権利を守ることのできる医療体制の確立を求めていく立場にあるのだという説明をされました。

 その後の議論では、野田医師が指摘された法制化の懸念を主なテーマに、コーディネーターの黒木弁護士の司会で、前半の実態調査報告の内容もふまえながら意見交換がなされました。そこでは、医師の自助努力ではどうしようもない問題(特に貧困など)もあること、医師が人間らしく働きやすい環境を整えることが患者の権利の実現に不可欠であり、そのための方策を国や自治体に求めることができるよう、国のあるべき医療について患者の権利を軸に明記した法律が必要であることなど、法制化の必要性について十分に納得できる議論が展開されたと思います。

 とても有意義なプレシンポでした。


5.おわりに

 実行委員会の一員として準備に携わり、当日の報告や議論を聞いていると、最初は漠然としていた「患者の権利の法制化」の内容が自分の中で段々明確になり(まだまだ不十分なのでしょうが)、その必要性についても自分のこととして実感することができ、大変勉強になりました。その後、高松で行われた人権大会の本シンポジウムにも参加したのですが、献身的な医師が不必要な隔離政策に関わり、未曾有の人権侵害を引き起こしたハンセン病問題の教訓を生かし、患者の権利を法制化する必要性がより明確に理解できました。

 個々の医療事件の処理だけでなく、よりよい医療になるように、今後は、微力ながら患者の権利の法制化に向けた活動にも参加していきたいと思います。

(緒方枝里)
posted by 管理人 at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント・催し物等
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