現在、医療に関連する死亡について、死因を究明する制度を創設しようという動きがありますが(詳しくは2009年09月29日の記事「死因究明制度シンポ」をご覧下さい。)、それに先立ち、一定の事案について死因究明を行うモデル事業が実施されています。
モデル事業で検討された症例は、事案の概要がHPで公開されており、九州・山口医療問題研究会において、その内容を検討するという調査研究を行いました。その調査研究を元にした提言が、以下の意見書です。
モデル事業のHPから事案の概要等を見ることができますので、ぜひそれらを参照しながらお読み下さい。
モデル事業のHP
http://www.med-model.jp/
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社団法人日本内科学会モデル事業中央事務局 御中
診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業における
評価のありかたに関する意見
評価のありかたに関する意見
医療事故防止・患者安全推進学会
代表理事 谷田 憲俊
九州・山口医療問題研究会
幹事長 安部 尚志
代表理事 谷田 憲俊
九州・山口医療問題研究会
幹事長 安部 尚志
1 はじめに
私たち医療事故防止・患者安全学会推進学会は、医療事故を減少させ、医療の質と安全性を高め、「患者の安全」を確保し、かつ推進していくために、医療事故の原因分析並びに再発防止策等について研究をすすめ、その成果を広く社会に情報提供するとともに患者安全をめざす医療従事者の研修・研鑽に寄与することを目的として、医療従事者を正会員として2006年10月に設立された学会であり、九州・山口医療問題研究会は、医療事故被害の救済と再発防止、医療における人権の確保と医療制度の改善を願う医師・弁護士・薬剤師、その他の関係者によって1981年に設立された研究会です。
私たちは、医療事故による死亡の原因究明・再発防止制度のより早急かつより実効的な実現を求める立場から、その先行事業としての「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(以下、単に「モデル事業」と略記します)の評価結果報告書概要(以下、単に「報告書概要」と略記します)の検証を、共同して行ってきました。現在、公開されている68件の報告書概要のうち、これまでに37件の検証を終えた段階です。当該症例に関連する医療関係者と、医療事故紛争処理の経験を有する法律家の共同作業により、医療事故による死亡の原因究明・再発防止制度における評価のありかたに関し、一定の課題を浮かび上がらせることができたのではないかと考えています。
検証の対象が、評価結果報告書そのものではなく、報告書概要であることの限界は当然にあります。しかし、モデル事業において一般に公開されているのが報告書概要である以上、モデル事業に対する社会的評価は、この報告書概要によらざるを得ないと私たちは考えます。
2 意見の概要
前提として、医療行為に関連すると思われる死亡例につき解剖所見と専門的な調査分析によって問題点を洗い出し、再発防止策につなげていくという本事業の意義は高く評価されるべきものと考えます。実際に、報告書概要が公表されている症例の中には、本事業による解剖及び調査分析がなされなければ、死亡原因が不明なままになり、再発防止に繋がらないばかりか無用の紛争を引き起こしかねない事案も多々含まれています。
以下の意見は、今後、この事業がさらに充実し、事故再発防止に有益なものになってほしいという願いを込めて申し述べるものであることをご理解下さい。
(1)基本的な情報の質・量について
事案を適切に評価するための情報が絶対的に不足している報告書概要が多々みられます。解剖所見も含め、評価する上で必要な情報は必ず事実摘示するよう徹底すべきだと考えます。また、診療経過を時系列に沿ってわかりやすく表記するための一覧表のフォーマットを作成し、統一的に利用する等の工夫が有用と思われます。
(2)評価の方向性・相当性について
医療行為としての適切性の評価と結果回避可能性の評価が混乱しているように思えるものや、検討過程を示さないまま適切であるとの結論のみ述べるもの等、評価の方向性・相当性が疑わしい報告書概要が散見されます。特に、診療行為の不適切が指摘されるべき場合に、敢えてその点を回避したり曖昧な記述に終始している報告書が目立ちます。このような報告書は、再発防止に役に立たないばかりか、当事者間の理解を妨げることになり、無用な紛争を惹起することにも繋がりかねません。
中央事務局レベルで、このような評価でいいのか再検討すべきです。
(3)再発防止提言について
再発防止提言として的を射ていないと思われる報告書概要が散見されます。中央事務局レベルで、このような再発防止提言でいいのか再検討すべきです。
次項以下、それぞれ若干の具体例を指摘します
3 基本的な情報の質・量について
(1)診療経過の記載が少ないものが多い。診療経過が分からないと、第三者が読んでも事案の内容が分からず、再発防止には役立てられない。どこまで詳細なものを付けるかという判断はあろうが、公表資料には診療経過一覧表を付けるべきである。
(2)解剖所見は、死因と関係する部分については記載すべきである。
解剖所見については、一見死因と関係ないと思われるものまでしているものもあれば、そもそも「解剖所見」という欄がなく、「評価」や「検討」において、死因を述べるところで必要な範囲内で引用しているだけというものもある。
しかし、解剖の上死因を究明するというのは本制度の核心であり、少なくとも死因と関連する範囲においては、簡潔であっても解剖所見を記載すべきである。
(3)全体的に、医師自体の属性に関する情報が少ない。
例えば事例1など、踏み込んで問題点を指摘している点は評価できるが、執刀医の経歴等の情報がほしいところである(一般論としては、過失を前提としないのだから、このような情報は不要という意見もあろうが、事案によってはそこに焦点が当たるものもあろう)。
(4)その他、3例具体例を挙げる。
事例2:抗精神病薬による死亡が推測されているのに、薬剤名や投与量、血中濃度等、全く記載されていない。
事例8:血管造影術中の動脈解離の事例なのに、血管造影の手技についての詳細の記載がない。
事例11:対象病院に転院した際には既に脳症発生しており、その原因や結果回避可能性を検討するためには本来前医での詳細な経過が不可欠だが、それが明らかでないままの調査となっている(制度の限界とも思えるが)。
その他にも、事例16、22、26、30、35、36、37、38、48、51、52、60、63などにおいて、必要な情報の不足が指摘された。
4 評価の方向性・相当性について
3例具体例を挙げる。
事例2:「使用された向精神薬は広く受け入れられている投与量の範囲内」とあるが、そもそも「広く受け入れられている投与量」とは何なのかはさておいても、腎機能の悪化など、通常投与量でも高血中濃度になることはある。本件ではなぜそうなったのかについての検討・評価が一切ない。
事例4:グラム陽性球菌が認められたというだけで、レンサ球菌が分離されたわけでもなく、激症型溶血性レンサ球菌感染症かどうか不明。それを激症型溶血性レンサ球菌であるという前提で検討するのは合理的でない。
事例17:「全容を解明することは困難だった」との結論になっているが、不適切な手技(行うべきではなかった手技)による事故であることは明らかではないか。そのことを端的に指摘すべき。
その他、事例37、44、51、52などについて、評価の方向性・相当性の問題点が指摘された。
5 再発防止提言について
3例具体例を挙げる。
事例11:再発防止として激烈な脳症の病態解明が挙がっているが、遠すぎる。寧ろ週末における救急医療体制の整備の問題を中心に論ずべき事案ではないか。
事例17:「特段の必要があってこれを行うときは、患者の循環呼吸動態 をモニター観察し病状変化に際して心肺蘇生を含む全身管理が迅速に行える態勢が必要である。また、将来の医学教育や教科書において当該手技の可否を論じることが望ましい」とされているが、端的に、このような手技を行うべきではないこと、及びその危険性を広く周知すること(医学教育や教科書といった迂遠な方法ではなく例えば医療事故収集等事業の「医療安全情報」のような形で)が根本的な再発防止策ではないか。
事例22:回旋異常でない限り、キーラン鉗子を使用すること自体適応がないと言えそうだが、あえて使用した場合の指導体制の問題にしてしまっている。
また、再発防止提言として「通常経過観察することが多い帽状腱膜下血腫であっても、急激な呼吸循環不全をたどる場合があることをNICU関係者に周知させることは重要である。」とあるが、それはNICU関係者であれば周知ではないか。知っている上で、何をすべきかが再発防止の提言になるのではないか。
その他、事例26、43、44、52などについて、再発防止提言の問題点が指摘された。逆に、事例19、45、50などは、具体的に再発防止提言がなされているとして評価できた。
6 結語
私たちは、モデル事業における評価のあり方には、上記のような問題点があると考えています。
なお、上記に明らかなように、事案概要書における情報の不足が相当件数において見受けられます。これは、もともとの検討の際から情報が不足していたということもあるのかも知れませんが、おそらく、事案概要書を作成する際に必要な情報が落ちているのではないかと思います。プライバシーに配慮する必要はありますが、その点に十分配慮した上で、基本的には評価結果報告書そのものを公表すべきではないでしょうか。
以上、今後のご検討に役立てていただきたく、意見を述べる次第です。