2009年10月18日

医事用語のいろは 3

は:肺水腫(pulmonary edema)

 肺うっ血の強い左心不全などにより、血清が血管外に漏出し、組織間液が増加し、さらに肺胞内へと漏出した状態で、強い呼吸困難により、ほとんどの場合、起座呼吸となり、湿性ラ音を広汎に聴取する病態。
 「急性で重篤な肺水腫が起こり、循環不全から、心停止を来たして死亡した。なぜこのような肺水腫が起こったのか。分からないし、避けられないし、予期できない」。
 よくある医療側の免責ストーリーです。医療過誤訴訟では、原因を隠し、あるいは結果を原因であるかのように、原因を結果であるように、偽る。この偽りのうえに、原因は不明であり、予見も、回避も不可能だったとの主張を展開する。難しい医療用語とともに。

 こんな事件があった。50歳台の女性。子育てを終え、すこし自由になった。お金も時間も。持病の足を直して、夫と旅行にでも行きたい。そう思って人工骨頭置換術を受けることにした。手術場に入り1時間もしないで彼女は低酸素脳症による重篤な脳障害を来たした。以後、数年間、寝たきりで、夫のことも子のことも分からず、ときに行ったこともない観光地をめぐる旅行の思い出の話をした。

<病院の説明>
問 なぜ、妻は足の手術を受けて、低酸素脳症になったのですか。
答 急性の重篤な肺水腫が出現したからです。
問 なぜ、そんなことになったのですか。
答 われわれにも分かりません。避けようもありませんでしたし、予測することもできませんでした。

<裁判での麻酔医の証言>
(主尋問)
 麻酔導入を始め、体位を変えて、数分くらいした頃、患者さんの顔が悪く手足にチアノーゼが見られた。研修医に持たせていた、アンビューバッグを取り上げて押すと、固くて酸素が入らなかった。後にレントゲン写真で肺水腫が確認されたが、このときにはすでに原因不明の肺水腫が出現していたと思う。
(反対尋問)
問 本件では、麻酔下における挿管不全によって、酸素拒絶、循環不全、心不全、肺水腫を生じるとともに、その間の低酸素状態の持続が重篤な脳障害をもたらした、違うか。
答 具体的に考えられる経過としてはそれがもっともである可能性があると思う。
問 麻酔導入に際しては、管の端末が気管支の壁あるいは分岐に接して、喚気不全を起こすことがある。挿管後、肺へのAIR入りを確認して固定しなければならないし、体位変換をしたときには、それがずれることがあるので再確認が必要であるとされている、違うか。
答 そうだと思う。
問 体位変換後にAIR入り確認していないね。
答 していません。

 結局、麻酔医が体位変換後のAIR入りを確認しなかったことを、病院が過失と因果関係を認めて和解。
 朴納とした夫は、一生続けてきた仕事を息子にすべて任せて、彼女が長期療養型病床のベットで息を引き取るそのときまで 、毎日、彼女の世話をしながらそのとんちんかんな旅の思い出話に相槌を打ちつづけたという。

{類似語}心不全(heart failure)
心臓の収縮性が低下し、末梢組織に必要な血液を送れない状態。原因が心臓か肺かを除けば同じ循環不全の症状を示す。「原因不明」の冠をつけて免責ストーリーがまことしやかに語られるところも同じ。

{一口メモ}心不全に肺水腫、「原因不明」は過誤隠し。

(八尋光秀)
posted by 管理人 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 読み物
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