2009年09月29日

死因究明制度シンポ(2009年4月18日)

 4月18日、九州・山口医療問題研究会等の主催で、死因究明制度に関するシンポジウムを行いました。時間が経ってしまいましたが、そのご報告をいたします。


シンポジウム「医療事故の再発を防止するために〜医療事故死の原因究明制度を考える〜」


 2009年(平成21年)4月18日、医療事故防止・患者安全推進学会、患者の権利法をつくる会、九州・山口医療問題研究会が主催となり、医療事故死の原因究明等を目的とする「医療安全調査委員会」(仮称)設置をめぐるシンポジウムが開催されました。


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1 医療事故死の原因究明等のための新制度をめぐる現状
 1999年(平成11年)の都立広尾病院事件等を契機に、医療事故死の原因究明・再発防止のための調査を行なう第三者的専門機関の設置の必要性が提言されるようになりした。現在では、厚生労働省から、これらの調査を担う「医療安全調査委員会」(仮称)の設置を中心とした第三次試案・医療安全調査委員会設置法大綱案が提出されるとともに、この委員会設置法の施行へ向けたモデル事業として、全国10地域で診療行為関連死の調査・分析事業が行なわれています。
 現時点で想定されている原因究明制度の仕組みとしては概ね以下のとおりです。
 @医療死亡事故の発生→A医療機関からの届出(遺族からの調査依頼)→B医療関係者を中心に、医療を受ける立場の有識者・法曹関係者を交えて構成される医療安全調査委員会による調査、評価→C調査報告書の作成→D再発防止策の提言・公表・事故発生医療機関等への行政処分・一定の場合に捜査機関への通知等


2 各パネリストの発言
 今回のシンポジウムでは、上記の原因究明制度に関して、それぞれ異なる立場の4名のパネリストから発言を頂きました。

(1)吉野拓野氏(厚生労働省医政局総務課医療安全推進室)
 吉野氏からは、厚生労働省の担当者の立場から、前述の第三次試案・大綱案の要旨として、原因究明制度の必要性、原因究明制度の仕組み、院内事故調査との関係(医療安全調査委員会の調査に付された事案でも当該医療機関には医療安全の観点から原因究明を行なう責務がある)、医療安全調査委員会から捜査機関への通知の基準(故意、標準的医療からの著しい逸脱、関係物件の隠滅・偽造・変造、リピーター)、調査後の行政処分(個人の責任追及でなく、再教育・医療機関の体制整備を重視)等が説明されるとともに、法案実施までに順次モデル事業を全国規模に拡大していく見通しが示されました。

(2)永井裕之氏(都立広尾病院事件遺族・医療の良心を守る市民の会代表)
 永井氏は、ヘパリン入り生食と間違って消毒薬が注入された都立広尾病院事件で奥様を亡くされたご遺族です。
 同氏からは、事件後の医療機関側の不誠実な説明に不審を抱いた経緯を踏まえ、事件当時から医療機関側の意識や医療事故調査への姿勢は変わっていないのではないかとの問題が指摘されました。また、医療事故の被害者・遺族の願いとして事故発生の真相の説明・心からの謝罪・再発防止を指摘し、そのための事故発生時の院内事故調査の充実と、中立公正な第三者組織である調査機関の早期設立を求められました。

(3)小西恭司氏(医師・全日本民医連副会長)
 小西氏からは、原因究明制度に対する民医連の意見として、@民医連としては医療安全調査委員会設置につき基本的に積極的な立場に立つこと、A調査委員会の任務は原因究明・再発防止に絞って調査報告書作成で終了とし、責任追及を任務とすべきでないこと、B独立性を保って省庁に提言するため、調査委員会は(厚生労働省下などでなく)内閣府下の機関として設置されるべきこと、C地域における解剖ネットワークの構築の必要性、D「重大な過失」「リピーター」の評価には価値判断が入るため、捜査機関への通報対象から外すべきこと、E再教育や行為制限(難度の高い手術の禁止等)を中心とした医療界による自律的行政処分を確立すべきこと、F原因究明制度が展望を持つためには、解剖医等の人材養成、及び公的医療費抑制政策を転換して十分な財政確保が必要であること等が提言されました。

(4)木下正一郎氏(弁護士・医療版事故調推進フォーラム事務局)
 木下氏からは、患者側弁護士として原因究明制度を推進する立場から、従前の医療事故調査の問題点(医療や医療事故が透明性・再現性に乏しい、公正中立性・専門性の問題、調査経験が乏しい、同僚審査の風潮の未確立)があげられ、高い専門性・中立性といった調査の質を維持し、日本全体の医療事故防止・医療安全のため、また院内事故調査の促進や改善のためにも、第三者機関による調査が必要である旨が訴えらえられました。また、捜査機関への通知基準のひとつである「標準的な医療から著しく逸脱」につき、故意または故意に匹敵するほど悪質な場合に限定する方向であることが述べられました。


3 パネルディスカッション
 以上のようなパネリストからの発言の後、小林洋二弁護士をコーディネーターとして、会場からの質問を交えたパネルディスカッションが行なわれました。
 議論の内容は、原因究明制度と医療崩壊との関係といった大きなものから、年間2000例という厚生労働省試算の根拠といった細部まで多岐にわたりましたが、その中から個人的に興味深かった論点を紹介します。

(1)第三者機関である医療安全調査委員会の設置を推進するが、最終的には当該医療機関内部での事故調査・反省・再発防止の充実が望ましいとの意見
 永井氏:被害者としては、医療関係者中心の調査では、隠されるのではないかという危惧を抱くのも事実ではあるが、事故の反省は、本来は当該事故現場でやらないと良いものが生まれない。したがって、現在の第三者機関が調査する制度を枠として整え、その後は、各医療機関自身が院内で実行していけるようにすべきだと思う。自分のメーカー勤務としての経験からも、食の安全につき不祥事を起こした企業の事件の風潮に鑑みても、これが出来ない医療機関が今後は潰れていくのではないか。

(2)試案に対するパブリックコメントで指摘された、原因究明・再発防止と被害者対応は1つの機関で行わずに分離すべきではないかとの論点をめぐる意見
 木下氏:被害者が求めるのは金銭的救済のみではなく、@原状回復、A原因究明、B謝罪、C再発防止、D補償がある。現実には@原状回復は困難なので主眼はA〜Dになるが、まず原因究明ありきで、原因究明の後に謝罪や補償がなされ、再発防止策も生まれる。したがって、原因究明と被害者対応は別物ではなく、原因究明が被害者対応の出発点と考えられる。
 小西氏:この点については、調査委員会の調査が、被害者とのメディエーション(注:解決に向けた話合い)抜きには考えられないということからも言える。調査委員会の調査として被害者から聞き取りをする、その際に被害者からの疑問に答えるなど。
 木下氏:つまり、調査をすることが被害者対応になるし、被害者対応をすることが調査にもなるという関係にある。
 永井氏:原因や本当のことを知ること、分かり易く説明をうけることが、一番の患者対応である。

(3)原因究明制度が医療崩壊につながっていくのではないかとの論点をめぐる意見
 吉田氏:医療安全調査委員会設置法案提出の目的の1つである「医療リスクに対する支援」は、医療関係者への支援を意味する。すなわち、現在は、医療事故が刑事事件になると、強行班による捜査・厳しい取調・刑事裁判の負担があり、民事訴訟になると2年間は対応に追われる。このような医療事故による医療関係者の負担を軽減し、調査委員会がブロックする、代替するといった意味である。
 吉田氏:前述のとおり、医療関係者は、原因究明制度によって、刑事責任追及・民事訴訟にさらされるリスクに対して安心して医療を提供できるようになる。逆に、現在の刑事責任追及・民事訴訟だけでは、1つ1つの事案が次の再発防止策等へつながっていかない。そのために患者側の不満が大きくなり、問題が大きくなって、訴え提起へとつながっていってしまうのではないか。
 永井氏:被害者が訴えることが医療萎縮につながるとの指摘があり、確かに医療崩壊の一因かもしれないとは思う。しかし、患者としては、医師からの事前のリスク説明と、事故後の事故原因の説明が不足しているために、「医療の不確実性」というものが理解できない。そのために、不満が大きくなり、問題が大きくなっている。近年、患者側から医師に対して説明を求めることが多くなったのは事実であるが、そのような時流なのであるから、医師側が時流に対応すべく意識改革をすべきではないか。
 小西氏:現在、救急分野では、36時間勤務はざらであるし、48時間勤務も珍しくない。医師の労働過密が尋常ではなく、メンタル面でも苦しい。そのために外来の受け入れ縮小を迫られている医療機関もある。しがたって、医療崩壊の防止のためには、医師と予算の増加が必要である。今回の医療事故調査委員会の設置が、即、医療崩壊を防止できるとは思えないが、委員会設置が医療崩壊防止の1つとなるなら、国家予算をきちんとつけるべきである。


4 おわりに
 シンポジウムの最後には、現在までに原因究明制度を設定すべき必要性がある点については論議され尽されており、今後は、仕組みや予算といった原因究明制度をどのように実施していくべきかへ論点を移すべきとの方向性が示されるとともに、委員会設置法案が早期に提出されるよう推進していくことが確認されました。
posted by 管理人 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 死因究明制度
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