みなさんは、「医療基本法」という法律をご存知でしょうか。知らない、という方がほとんどでしょうね。実は、この法律はまだ制定されていませんし、いまのところ法案としても存在しません。「医療基本法を制定しようではないか」、「患者の権利を医療基本法の中に書き込もうではないか」という動きが、つい最近、始まったところです。
医療基本法とは何か
「基本法」とは、一般に、国政に重要なウエイトを占める分野について、国の制度、政策、対策に関する基本方針・原則・準則・大綱を示した法律です。日本には、いま、私の知る限り35本の「基本法」があります。最も古いものは昭和22年制定の教育基本法(最近、抜本的に改悪されてしまいました)であり、最も新しいものは平成20年制定の国家公務員制度改革基本法ですが、35本中27本は平成になってから制定されたものです。これは、現代社会が複雑化、高度化するなかで、一定の行政分野における政策の基本的方向を定め、関係政策の体系化を図ることが重視されるようになったためだと言われています。
基本法は、基本理念、国・地方公共団体の責務、基本計画の策定、計画・施策に関する諮問機関の設置を定めるという構成が一般的ですが、障害者基本法、消費者基本法、犯罪被害者等基本法、男女共同参画社会基本法等国民の基本的人権に直接関わる分野においては、基本理念の中で、その分野における国民の権利が明らかにされています。
医療は、国政上極めて重要な課題であり、医療なくして基本的人権の保障はありません。医療に対する国民の不安感が高まっている今日、患者の権利を明らかにする医療基本法を制定しようという声が上がってきたのは自然なことともいえます。
患者の権利宣言から患者の権利法へ
「医療基本法」という名前こそ最近でてきたものですが、同様の法律を求める運動は古くからあります。「患者の権利法」制定運動がそれです。
日本における患者の権利運動は、1984年10月の「患者の権利宣言案」(患者の権利宣言全国起草委員会)発表に始まります。この「患者の権利宣言案」は、医療に関係する様々な場所、団体で患者の権利に関する議論を深め、それぞれの患者の権利宣言を採択してもらうための叩き台として発表されました。私たち九州・山口医療問題研究会も、全国起草委員会の一員として「権利宣言案」の策定に向けた議論に加わるとともに、1987年6月には研究会独自の「患者の権利宣言」を採択しています。
患者の権利宣言運動は、全国保団連の「開業医宣言」(1989年)、日本生協医療部会の「患者の権利章典」(1991年)といった医療提供者側での成果を生み出しつつ、1991年10月には、患者の権利法をつくる会の結成及び同会による「患者の諸権利を定める法律要綱案」の発表へと発展します。なお、1990年に横浜で開催された第12回医療問題弁護団・研究会全国交流集会で権利法運動を呼びかけたのは他ならぬ九州・山口医療問題研究会であり、現在、患者の権利法をつくる会の事務局長をつとめているのは不肖小林ですが、それはさておき。
なぜ、権利宣言運動は権利法制定運動へ発展する必要があったのか。それは、医療は現代社会における公共政策の重要課題であり、医師対患者という個別の診療契約だけで患者の権利を擁護・実現するには限界があるという認識に基づいています。国、地方自治体の医療政策が、患者の権利を擁護・実現する方向のものでなければならない。そのためには、患者の権利を、全ての医療政策の基本理念として法律で定める必要がある。つまり、患者の権利法制定運動は、そもそも医療基本法を求める運動であったと言えます。
患者の権利法をつくる会の法律要綱案はこちらです。
http://homepage.mac.com/kanjanokenriho/kenriho/kenriho/draft.html
患者の権利法から医療基本法へ
1997年、薬害HIV事件を契機とするNIRA(総合研究開発機構)研究報告「薬害再発防止システムに関する研究」が患者中心の医療を確立するための「患者の権利に関する法律」の制定を提唱しました。また、2005年の日弁連法務研究財団「ハンセン病問題に関する検証会議」最終報告書も、公衆衛生政策による人権侵害の再発防止策の柱として「患者・被験者の権利の法制化」を挙げています。つまり、医療を巡る人権侵害がクローズアップされるたびに患者の権利法の必要性が指摘されてきたといえます。
そして、上記の検証会議の提言を受けた「ロードマップ委員会」(正式名称;ハンセン病問題の検証会議の提言に基づく再発防止検討会)での議論が始まった2006年頃から、「医療崩壊」という言葉がマスコミを賑わせるようになりました。日本医師会をはじめとする様々な医療提供者側の諸団体の役員が委員として参加したこの検討会が、「医療政策による人権侵害再発防止策としての患者・被験者の権利の法制化」を、より積極的に「患者の権利擁護を中心とした医療基本法」として提言した背景はここにあります。つまり、医療を提供する側からも、自分たちが携わっている医療という仕事がどうあるべきなのか、この国は医療に対していかなる責任を果たすのかを明らかにしたいという声が上がってきたのです。
この医療基本法の提言は、内閣府の安心社会実現会議でも取り上げられ、その最終報告「安心と活力の日本へ」は、患者の自己決定権・最善の医療を受ける権利を規定する基本法の制定を、2年を目途に推進すると謳っています。
ハンセン病問題に関する検証会報告書は
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/hansen/kanren/4.html
ロードマップ委員会の報告書は
http://sociosys.mri.co.jp/hansen/hansen.html
安心社会実現会議の報告書は
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ansin_jitugen/index.html
からそれぞれアクセスすることができます。
医療基本法の制定を!
権利宣言運動から権利法制定運動へと続いてきた患者の権利運動は、インフォームド・コンセント理念の普及、カルテ開示の制度化、医療安全への取組強化などさまざまな成果を生み出してきました。しかし25年前から問題が指摘されていた救急医療や周産期医療の体制整備は未だ解決できないままであり、むしろ医療費抑制政策の下、矛盾が拡大しています。また、医療費の窓口負担や健康保険料は増加し続け、経済的事情から医療を受けられない人が増えつつあります。
総選挙に勝利した民主党は、マニフェストに救急・産科・小児科・外科の医療供給体制再建、医師養成数の1.5倍増、スタッフ増員に対する診療報酬上の評価等の医療政策を掲げています。こういった施策が必要であることは、ほとんど異論のないところでしょう。しかし、忘れてはならないのは、これらの施策を実現するためには、医療に対する恒常的な財政支出が必要だということです。これは、最終的には国民の負担として跳ね返ってきます。それは、おそらくは予算の無駄遣いを省くといった弥縫策で何とかなるようなレベルではありません。公共事業、防衛といった様々な支出項目の中からどれを重視するか、どの程度のどのような形での税負担を甘受するかという価値選択の問題なのです。医療の基本理念を明確にせず、医療及び医療政策に対する国民の不信を解消しないまま、単に場当たり的な財政出動をしても、ごく近い将来に行き詰まり、揺り戻しがくることは避けられないのではないでしょうか。
このような問題点を解決するための出発点が、医療基本法です。
九州・山口医療問題研究会は、患者の権利法をつくる会等約20の団体と協力し、下記の要領で医療基本法制定を求めるシンポジウムを企画しています。
日時 10月31日(土)14時?17時
場所 愛知県産業労働センター9階大会議室902
詳しくはこちらをご参照ください。
http://sites.google.com/site/kenri25/
みなさんも是非、医療基本法制定に向けての議論に参加してください。
(小林洋二)
2009年09月23日
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