2014年07月23日

市民大学 〜ココロもカラダも支えるかんわケア〜人生最後まで自分らしく生き抜く〜 に参加して

1 はじめに
 2014年2月8日、たたらリハビリテーション病院をお借りして、患者の権利オンブズマンとの共催で開催された市民大学〜ココロもカラダも支えるかんわケア〜人生最後まで自分らしく生き抜く〜に参加してきました。
 私を含めて約30名の市民の方々の参加がありました。

2 第1部 平田病院長ご講演「緩和ケア紹介〜自分らしく生きていくこととは〜」
(1)緩和ケアとは
 第1部は病院長の平田済先生から緩和ケア紹介〜自分らしく生きていくこととは〜と題してご講演をいただきました。
 まず、そもそも緩和ケアとは何かについてのご説明がありました。
 WHOの定義では、「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、QOLを改善するためのアプローチである」とされています。
 この定義の中でまず注目すべきは、緩和ケアの対象が身体的な痛みに限られないということではないでしょうか。
 がん患者の苦痛は多面的であって、精神的苦痛(不安、いらだち、うつ状態)、社会的苦痛(経済的な問題、仕事上の問題、家庭内の問題)、さらにはスピリチュアルな苦痛(生きる意味への問い、死への恐怖、自責の念)などの全人的苦痛を伴うものです。
 そこで、緩和医療においては、これらの身体的苦痛以外の苦痛に対する支援も行い、最後まで患者が人生を積極的に生きていけるように支えることまでもその内容とされているとのことでした。

 次に、緩和ケアが「疾患の早期」から行うとされていることも発見でした。
 緩和ケアというと、どうしても、がん等の疼痛の強い疾患の末期で治癒不能の場合のみ施されるものと考えがちですが、現在では疾患の早期から実施することもあるそうです。多くの医師や患者が麻薬に対する誤ったイメージ(中毒になるのではないか、寿命が縮まるのではないか、よく生きるためではなく楽に生きるための手段と感じる等)を持っていて使用に抵抗を覚えることが多いとのことですが、これらはどうも根拠のない先入観のようです。

(2)たたらリハビリテーション病院のとりくみ
 次に、たたらリハビリテーション病院の緩和ケア病棟で特に力を入れてらっしゃるとりくみについてご紹介いただきました。
 まず、住み慣れた我が家で過ごしたいという気持ちを尊重し、患者や家族からの希望があれば在宅で治療が受けられるよう、状態に合わせて退院、外泊、外出などのサポートを行っているとのことでした。
また、月1回の病棟行事や毎週火曜日の「季節の会」など患者や家族が参加できる行事を開催して、アットホームな温かさを提供されているとのことです。
 音楽療法士の方や、ドッグセラピー、芸術学校の学生などがボランティアとして参加し、これらの活動を支えられているとのことでした。
 そして、特筆すべきは、緩和ケアにおいてもリハビリテーションを実施しておられることです。
 リハビリテーションは、肉体的な動きを改善し、生活の質を向上させるためのものであり、苦痛の緩和とは関係が薄いようにも思われます。それだけでなく、残念ながら健康なころの日常生活を取り戻す可能性がほぼない患者については、リハビリは不要でないかとも思えます。実際、緩和ケア病棟でリハビリテーションを行っている医療機関は非常に限られるのではないでしょうか。
 しかし、日常生活動作ができなくなっていく、ということは単に日常生活に支障を来すというだけでなく、その患者の大切な自尊心を奪うものであろうことは想像に難くありません。場合によっては、死に向かっている、ということが実感され、不安や恐怖を募らせるきっかけになることもあるのではないでしょうか。そこで、たたらリハビリテーション病院では、緩和ケア、すなわち全人的苦痛に対する治療の一貫としてリハビリテーションを実施し、日常生活動作の改善・維持に努めておられるとのことでした。

(3)スピリチュアルケア
 緩和ケア病棟の課題についてもいくつかお話がありましたが、その中で印象に残ったのはスピリチュアルケアについてのお話でした。
 スピリチュアルケアとは、時間が限られる苦痛(死へむかうこと)、関係を失う苦痛(家族に迷惑をかける、孤独)、自分でできなくなる苦痛(排泄、歩行etc.)などの苦痛に対するケアを行うことです。
 実際の患者とのやりとりを題材にどのような形でスピリチュアルな苦痛に対するケアをされるかをご紹介いただきました。
 プライバシーに関わるのであまり具体的なことがご報告できないのが残念ですが、がんが進行して動けなくなり、さらに別の疾患で視力が低下して本も読めなくなった年配の患者から生きていても苦しいだけなので死にたいと訴えられたとき、その気持ちにどう寄り添い、どう導いたのか、あるいは、実際にはこれ以上の治療が困難だが治療を継続したいという気持ちが捨てきれず、いらいらして不満や怒りを周囲にぶつけてしまう患者に今後の治療の可能性はないことを伝える際、どのようなやりとりをされたかについて、そのときのご経験を語っていただきました。そのいずれについても、これが正解だ、という形ではなく、先生自身の悩みや迷いも含めてご紹介いただき、スピリチュアルケアの奥深さ・困難さを垣間見ることができました。
 自分自身の間近い「死」を現実的なものとして突きつけられる苦痛がどれほどのものかということは想像もつきません。ましてや、その苦痛をどのような形で感じるのか、どうやってそれと向き合おうとするのか(あるいは、そこから逃れようとするのか)はそれこそ人それぞれで、これをすればよい、というマニュアルがあるわけではありません。対応を間違えば、苦痛を深めてしまうこともあるかもしれない・・・。それでも、その困難なケアに取り組まれるたたらリハビリテーション病院の方々には頭が下がる思いです。
 先生がスピリチュアルケアの際の指針にされている言葉があるそうです。

「失ったものを数えるな、残ったものを数えよ。悲しみはやがてやってくる、だから今日を楽しむ。」

 この言葉を、医師、看護師、患者でどれだけ共有できるかがスピリチュアルケアにおいては大切であると考えておられるとのことでした。

(4)緩和ケア病棟で働くということ
 「死」を間近にした患者さんと常に接して仕事をするというのは、さぞかし精神的につらいお仕事なのではないかと想像してしまいます。
 しかし、必ずしもそうではない、ということを先生は2つの文章を通して語られました。
 1つは、心理療法士としてターミナルケアに関わるマリード・エヌゼル氏の著書「死にゆく人たちと共にいて」の「人生の終末を生きる人たちと共に歩んで、私は死そのものをより多く知るようになったわけではない。おそらく私は、自分の人生に与えられた喜びや悲しみだけでなく、息をしたり、歩いたりというごく当たり前のこと、日常のちょっとした出来事のすべてまでも、些細なところまで意識し、より濃密に経験しているのだ。」という一節。
 もう1つは、たたらリハビリテーション病院の看護師さんが書かれた「この病棟に来て一番自分が変わったことは、自分の家族を大事にするようになったことです。自分は人としてどのように生き、看護師としてどうありたいかを考える機会を、患者さんやご家族から与えていただいていると感謝し、今後も日々成長し、寄り添う看護を目指します。」という職場紹介の文章。
 「まさにこのとおりなんです。」と先生は言われました。
 現に、たたらリハビリテーション病院に従事している方々からは悲壮な様子は見受けられません。病院長のご講演もみんなで聞いておられましたが、そのときのリラックスした様子、そして、ご講演の中で触れられる日々のお仕事の様子からは、みなさんがお互いを深く信頼し、充実した時間を共有されているのが見て取れるようでした。
 死と向き合うこと、それによってよく生きること。哲学の世界で抽象的に語られるそれとは違う、具体的な人と人との関係から体感された大切な何か。そのかけらを受け取ったような、厳粛な思いに打たれました。

3 第2部 緩和ケア病棟見学
 第2部は、緩和ケア病棟見学でした。
 たたらリハビリテーション病院は、最上階である7階が緩和ケア病棟になっています。
 病棟全体が明るく温かい雰囲気で統一されていました。
 エレベーターを降りてすぐの談話室の広い窓からは若杉山、三郡山、宝満山を眺めることができるすばらしい展望が広がっています。晴れた日には山から朝日が昇ってくるのが見えるそうです。私たちが訪問したときは、お見舞いに来られたお孫さんとオセロに興じる方がおられました。
 病室は全て個室でプライバシーに配慮されています。
 また、それとは別に「こころの部屋」と呼ばれる部屋が設けられていて、一人で静かな時間を過ごしたい患者や家族が利用できるようになっています。
 家族用の控え室もあるので、家族が休憩や宿泊に利用することができます。
 それらの部屋が続く廊下を抜けると、広いホールがあり、ソファなどが置いてあってそこでもくつろぐことができるようになっていました。ホールにはピアノが設置されていて、音楽会等に利用されることもあるそうです。他にも、患者さんやボランティアの方が書いた絵や写真(あと、なぜかどなたかの自作の鎧兜も・・・)が飾られていて、華やかな空間になっていました。
 そのホールからは、広いルーフデッキに出ることができます。沢山の花が植えられており、小鳥が来るえさ場があり、メダカのいる水瓶があり、さらに野菜も栽培されていて、さまざまな自然に触れることができるようになっています。夏には流しそうめんをするなど、ここもイベント会場として利用されるそうです。
私達が見学にお邪魔した日は非常に天気のいい日で、ルーフデッキには太陽がさんさんと降り注いでいました。最上階にあるため周囲の眺望も開けていて、開放的な気分を味わうことができました。
 ここまで見てきて、見学者の方々からは「私も(緩和ケアを受けるときは)ここに入院したい!」との声が続出。それぐらい、温かみのある居心地のよい空間でした。

 その後、2階のリハビリテーションセンターを見学させていただきました。
 さすが「リハビリテーション病院」というだけあって、リハビリ器具は非常に豊富です。部屋も広々としていました。その中で、作業療法士や理学療法士の方の指導を受けながらリハビリに励んでいる方々がおられました。
 リハビリセンターの出入口には職員の方々の顔写真が貼ってありましたが、引率の看護師の方が笑いながら「患者さんから写真の顔が暗いって言われたので、わざわざ撮り直したんですよ」と紹介してくれました。患者さんと看護師さんが自由にものを言い合える関係ができているんだなあと感じました。

4 おわりに

 市民大学の一日は、いろいろなことを考え、学ぶことができた充実した一日でした。
 この経験は、きっと、私自身や、家族や友人が間近い死を迎えるべき立場になったとき、考えるヒントを与えてくれるのではないかと思います。

(石井謙一)
posted by 管理人 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント・催し物等